祥雲寺平成の再建が決まりました

 本町に在る祥雲寺は、鞍掛城主杉隆泰の菩提寺でありますが、本町に創建され217年経過し近年の台風等で急速に老朽化が進み周辺住宅へ危険を及ぼす状況が生じたので一昨年解体しました。 祥雲寺は、玖珂の歴史を代表する建造物であります、すぐにでも再建をと我々プロジェクトチームは 建設資金を募集して来ました。 現在のところ本堂再建に必要な資金にはほど遠い状態ですが、祥雲寺に有る什物をいつまでも他の場所に保管することも出来ませんので落ち着ける場所を作ることが大事だと考えました。 寺の規模は、以前の祥雲寺にくらべて大幅に小さくなりますが、祥雲寺薬師堂として再建することになりました。
  施工主は、錦帯橋平成の架け替え工事を無事に済まされた海老崎粂次棟梁です、縁あって我々の寺再建に懸ける想いを理解され力を貸してくださることとなりました。
  海老崎さんは、現代 の名工に昨年選ばれました、奈良の薬師寺や唐招提寺などを手がけた宮大工の方々とも交流があり、斬新な工法も考えられておられるとのことたのしみです。

 工事行程としては、棟上は、6月、落慶は、10月の予定です。
  本町の祥雲寺に来て見てください。


    左の写真は海老崎棟梁とのスナップです。

 

 

祥雲寺薬師堂建立に先立ち、地鎮祭が3月29日に行われました。
善住寺住職菊谷和尚の地鎮祭作法に基づき,海老崎棟梁、尾崎代表の鍬いれが行われ、全員が焼香をして厳粛な儀式は無事行われました。
当日は、花冷えの1日、早朝には蓮華山も雪化粧しているほどの寒さでしたが、近隣の方々20名の参加をいただきました、それも祥雲寺薬師堂の建立に期待される人が多くいらっしゃる現われと想い、決意を新たにする1日でした。

 

 

4月始めに、再建予定地の地上げを行いました、ダンプ50台分、メンバーが2日がかりで行いました。


4月中旬、再建に使用する用材の買い付けに海老崎棟梁と一緒に 高知県にいきました。


この写真は、5月中旬祥雲寺敷地内の給排水工事を行っている様子です。


この度の再建工事は、自分達で出来ることは極力みんなで行う、という精神で行っています。
メンバーの中には、それぞれの分野でのプロがいます、ずぶの素人集団では有りませから心配無用です。

 

  

橋のたもとに住み、代々大工の棟梁として錦帯橋の保守管理を任されている海老崎粂次さんは、祖父 粂次郎、父 奈良次郎さんの錦帯橋に寄せる強い想いを感じながら育ちました。
前回の再建(1951年)の時は、父が副棟梁として、祖父は長老として橋の再建に当たられました。 当時小学生の粂次さんは、祖父と父の食事やお茶を運びながら組み立て作業を毎日見ていたから、今もその精巧な組木細工が頭の中に入っているといわれます。大事なのは、設計図よりも、それに携わる人間だ、とも言われました。

祥雲寺薬師堂の再建の進捗状況ですが、木材の削りを終え、墨付けの段階です。

 

天明七年に再建された祥雲寺は、二百十九年の幾星霜を経て、 平成十八年十月十九日に三回目になる再建の上棟式を行うことが出来ました。
 当日は菊谷和尚・海老崎棟梁を始め 多くの参加を頂き盛大に行うことが出来ました。
 思いがけず、予定にしていなかった餅撒きが出来ました、近くの保育園の園児も、餅撒きは初めてとあって歓声が上がり、こんなに賑やかな上棟式は珍しいと大工さんも大変な盛り上がり、歴代の住職もさぞビックリされたでしょう。
 平成の再建 ようやく半ば、来年春の落慶法要に向け、今から本格的な大工工事が続きます。
  ちなみに、大工さんの中にハワイ出身のチャールズさんがいます、この事も和尚ビックリかも、時代の流れを感じます。

   

 11月11日、祥雲寺薬師堂を正面から観た写真です。
昨夜からの雨で建物がなんとなく落ち着いて見えます。
立柱式から昨日まで約1ヶ月間ほとんどと言って雨が降らなかった.
おかげで工事も順調に進みました、 屋根の仕事が昨日で終了し、今日から床の仕事が始まります,タイミングの良い工程で工事に携わっている方々の日頃の行が良くおてんとう様も味方してくださったのかも?

祥雲寺薬師堂は、玖珂の文化を象徴する建物です、これら貴重な宝物
を玖珂遺産として、後世に伝える建物出す、その屋根瓦の貴方の名前を書き込み、貴方の存在の証を残しませんか。
2度と無い絶好の機会です、是非参加してください。

  1枚1000円です、ただいま受付中です。

申し込みは、0827-82-7000 尾崎まで

 

 

 

祥雲寺関係者16名の参加をいただき今年1年の活動の締めくくりとして、忘年会を広十で行いました。
  皆さん一様に 祥雲寺が立派に出来上がったことを大変喜んでおられました。
  これも海老崎棟梁の言葉を借りると、皆が一生懸命でものを作り上げる,
皆さんの気持ちが、私たち物造りをする側としてはいい仕事が出来る。
  当日は、おおいに話が弾み大盛り上がりでした。


 

 
祥雲寺の正面に備えつけられる火燈窓を作成中の海老崎棟梁と広実さん
左右対称の物を1対作る大変な作業、この細工だけでも数日かかリました。
 
火燈窓が出来上がり備えつけられた状態。、

    須彌壇の天井が合天井になります。
 合天井を新しく作る社寺は近郷においても、多くないと思います。
それには、良い材料・多くの時間プラスその技術を持っている
匠が必要になります、今、祥雲寺では、岩国伝統建築士で
錦帯橋の再建に携われた 広兼さんが、合天井の作成に
当たられています。
 差し金と鋸、鑿など道具を用いた、日本伝統建築の匠の技が
見られます、広兼さんは、話術もうまく色々な話が聞けます、
一度来てみませんか。

完成した合天井

外壁塗り                     祥雲寺棟札

    

宝珠が出来上がりました。

    

 祥雲寺の屋根に宝珠が乗せられ、更に庭に松が植樹され一段と風格が上がったようにみえます。

 

祥雲寺屋敷の石組みに使用されている石は、プロジェクトメンバーが色々な処から収集しました。正面に向かって左側は横山に有った岩国高校旧校舎に使用されていた石です。右側は、野口の笹見川近くに有った石です、その石には、よく観ると漢字が刻んで有りました、早速、松岡先生と早川顧問に解読してもらいました。

 ノ 口   □正九年一月架之  石工  石田亀三郎 と有りました。

松岡先生によると、大正九年1月 野口の笹見側に石橋を架けた、その時の石工が石田亀三郎と言う人であった、との解説でした。
   
阿吽の龍の欄間が須弥壇の前側上部に据付けられました。

新しくなった祥雲寺薬師堂の須弥壇は、今から230年前の再建時に使用された部材をそのまま使用していますので色艶とも重厚な感じが出ています。
 ご本尊の薬師如来を中心に脇持として、日光・月光の各菩薩と四方に持国天
増長天・ 広目天・多聞天の各天部が約半世紀ぶりに揃いました。
神々しくて思わず合掌したくなります。

   
     

    

 

祥雲寺薬師堂の東側に,祥雲寺什物を保管管理する収蔵庫を兼ねた庫裏の棟上を8月1日に行いました。
 7月初旬から基礎鉄筋組から型枠作り、そしてコンクリートの打ち込みをなどの作業を11名のメンバーが猛暑の中を頑張り、素晴らしい棟上をすることが出来ました
  今回は、特に専門の建築家を頼らず完成まで全部の作業をメンバーで行う事になったので感慨ひとしおです。
  10月の落慶法要に向かってまだまだ作業が続きます、是非観に来てください。

                        

 
 鞍掛城祭りに先駆けて、11月7日に鞍掛城主 杉隆泰一門の供養蔡が新しくなった祥雲寺にて 厳粛に行れました。
 当日は、家老の柳井若狭守・宇野筑後守それぞれの子孫の方が参加され、 善住寺の住職 菊谷光之和尚の勤行に始まり各人が焼香を行い、鞍掛合戦当時の話に盛り上がりました。

            

晩秋の天気とは思えない小春日和の11月25日に、善住寺菊谷和尚を始め多くの関係者(108名)の参加を戴き盛大に挙行されました。

尾崎会長が挨拶の半ばに感激のあまりに思わず言葉を詰まらせるシーンがありました、関係者の皆様も気持ちは同様で、この困難な仕事をやり遂げた達成感その感性は同じ想いだあったと思います。